Le Roi Soleil


ミナトの弱点

プロローグ



「うずまきが…崖から落ちたって…。」


顔面蒼白のチョウザが、ミナトに言う。
ミナトは最初、その言葉を飲み込むのに多少の時間がかかった。


「クシナ…が?…」


クシナとミナトは、それぞれ別の班で任務にあたっていた。
ミナトは、早めに任務が終わり、クシナの帰りを待っていたところだった。
ただ、クシナは里にとって重要な存在。
与えられる任務も、ミナトたちとは違って、そう危険ではなかった。


「ミナト…大丈夫か?」


チョウザが心配そうにミナトを見る。
確かに、クシナの事はとても心配だ。

ただ

それとは別に、恐らくクシナは大事に至ってないだろう という確信もあった。

自分も詳しくはわからないけれど、先ほども述べたよう
クシナは里にとって重要な存在だ。
里がそう易々とクシナを失うわけがない。
実際、クシナの任務には本人に気付かれないよう暗部が何人かついているのを
ミナトは知っていた。

でももし…万が一何かあったら…。
そう思うと、いてもたってもいられない。
チョウザには悪いが、少し一人になりたかった。


「ん…ありがとね。チョウザ。取りあえず、何か連絡がくるだろうから待ってみるよ。」


といい、その場を去る。
当てもなく町をさまよい、川べりに出た。
今すぐにでも、クシナを探しに行きたい。
無事であろうという確信はある。だが、出来ればこの目で確かめたい。
ぼんやりと川を眺めていたミナトは顔をあげた。


「(…先生に聞けば…場所を教えてくれるだろうか。)」


・・・・・・・・・・


「自来也先生!!!!!」


「おお。ミナト!」


「すみません!クシナの任務先教えてもらえませんか!」


「…お前、落ち着け」


「落ちついてます!だから、クシナの居場所を教えてください!」


「ワシからみたら、ちーっとも落ち着いてるように見えんの。 
大丈夫だ。クシナなら無事だ。」


…やはり無事だった…。 体の力が抜ける。


「クシナは…どこにいるんです?」


「念のため、医務室におる。 もう面会しても大丈…」


自来也の言葉が終わらないうちに、ミナトはその場から消えていた。


「まったく。クシナのことになるとアイツは人格かわるのう…。」


・・・・・・・・・・


その頃、クシナは医務室のベッドで横になっていた。


「(あー。ヘマしちゃったなぁ…。死ぬかと思った…。)」


今回の任務も、特に危険というわけではなかった。
療養薬として用いられる草花を採取してくるという任務だ。
しかし、そのうちの一つ、万病に効くといわれる花は崖の淵に咲いており、
その中では一番危険が伴う任務ではあったが
採取してくるのはクシナではなく、同じ班の仲間だった。
正直不服だが、自分に危険が伴う任務が回ってこない理由は
なんとなくわかっている。
腹部にいる…九尾のせいだ。
若さもあり、それに反発する気持ちで、
今回の任務は多少張り切りすぎたのかもしれない。
仲間に耳打ちし、先生が別の薬草を採取している
スキに自分がその花を採取してこようとしたところ
足を滑らせ、崖から転落してしまった。


転落した瞬間、優しいミナトの笑みが浮かぶ。


「ミナト…ごめんね…。」


そうつぶやき、瞼を閉じた。





次に目を覚ました時は医務室のベッドだった。
全身が痛む…ということもなく、むしろ全くの無傷だった。
この時、クシナは自分が転落した瞬間、誰かが守ってくれたのだと気づく。


「ミナト…?なワケないか…。」


ミナトも任務がある。ということは前日に確認していたはずだ。
じゃあ一体誰なんだろう…。 
クシナは無意識に腹部をさすった。

ふと、耳を澄ませると遠くの方からバタバタという足音がする。
その音は、次第に大きくなっていき、医務室の前で止まったと同時にドアが開けられた。


「クシナ!!!!!」


聞きなれた声。 愛しい人の声だ。


「ミナト!!!!」


クシナはベッドを飛び下り、
勢いよくミナトに飛びついた。
予想外の元気のよさにビックリしたミナトは、思わずよろけてしまう。


「うわっ! クシナ…! 無事だったんだね…!」


「うん! もう、だめかと思ったってばね!!!」


「よかった…。」


クシナの腰にミナトの腕が回され、ぎゅっと抱きしめられる。
ミナトの肌のぬくもりが伝わる。
クシナは、改めて自分の愚かさを後悔した。


・・・・・・・・・・


抱きしめあってからどの位経っただろう。


ガラッ


ドアを開ける音と同時に、二人は反射的に体を放した。


「うずまき! 目覚めたのか!」


上から相当のお叱りを受けたであろう、クシナ担当の先生だった。
この先生も災難だったな…とミナトは思う。
案の定、クシナは先生にこっぴどくお説教を食らった後
帰宅を許された。

二人で、いつもの帰路を辿る。


「それにしても、本当に無事でよかった。」


「うん!なんか、気づいたらベッドにいたの。」


やはり、暗部の誰かが助けに入ったのか。


「そうなんだ…。」



ミナトは、安堵とは裏腹に、心の中でモヤモヤとしたものが
少しずつ広がっていくのを感じていた。


自分はクシナの男だ。
なのに、彼女の大事な部分をある程度しかしらない。
クシナがピンチの時に、助けることすらできない。


…器の小さい男だな。


自分でもわかっている。
普段から、何事に関しても、器を大きく保つよう心がけている
だが、クシナに関しては、普段通りいかないのだ。
彼女に関するすべてを、自分の手で守りたい。
とんだ身の程知らずなのもわかっているが…

自分の手が届かないクシナがいる。

いつもそばにいるクシナだけれど、時々遠く感じるのはそのせいか。


自分が一番近くにいたい。

…誰にも…触らせたくない…


そう、思えば思うほど、心のモヤモヤは益々濃く、黒くなっていくのであった。


・・・・・・・・・・

ふと気づくと、ミナトが強くクシナの手を握っていた。


「ミナト…?どうしたの?」


「ん…。」


ぐい。と手をひかれ、ミナトはいつもと違う道を歩き出す。


「ちょ、ちょっと…いきなりどうしたってばね…!」


突然のことに、思わず気を付けていた口癖が出てしまう。
ミナトは、クシナの言葉が耳に入らないのか、無言だった。


どうしたんだろう…。


暫く歩くと、宿屋街に出る。


「えっ!ちょっと…ミナト…!」


顔を真っ赤にするクシナをよそに、すぐそばの宿に、ミナトは
入っていく。 もちろん手をひかれているクシナも一緒だ。


「ミ…ミナト…いくら心配だったからって…こんないきなりしなくても…。」


小声でクシナはミナトにささやくも、ミナトは無言だった。
その様子は、心配だった…っていうよりも、

…ちょっと…怒ってる…?


受付で鍵を受け取り、部屋へ向かう。
その間もミナトは無言だ。


ドアが開けられ、中へ入る。


そのドアが閉まるのと同時に。


クシナは体を引き寄せられた。









「ミナト…!まだ、いりぐ…。」



その声は、ミナトの唇によって遮られる。



「ん…!」



ミナトの舌がいつもより少し乱暴に口内へ侵入する。
舌先でクシナの舌を絡め取ると、ねっとりと丹念に愛撫しはじめた。
最初は驚いたクシナだったが、ミナトのキスには弱い。
そのキスを受け入れるように、腕を首に回した。


その間、ミナトの手はクシナの上着を少し乱暴に脱がし始める。
クシナはそれに気づくと あわてて止めに入ろうとした。



ミナトは片手でクシナの腰を引き寄せ、体を密着し、止めに入らせないようにする。
あっという間には上着は脱がされ、シャツ一枚になってしまった。
しかし、それだけではミナトの手は止まらず、
シャツの裾から吸い込まれるようにクシナの肌へ手を這わせる。
いつもは、鎖骨や背中を愛撫するのだが、今日は違う。
いきなり乳房を鷲掴みにし、指先が尖りに触れた。



「やっ…!ミナト…!いたっ…!」



クシナは唇をはなし、ミナトに訴えた。
一瞬、鷲掴みにした指の力は抜けたが、愛撫は続く。
乱暴とはいえども、何度か体を重ねたミナトはクシナがどのようにしたらよいのか
体が覚えている。 
ミナトの手は、執拗にクシナの性感帯を攻めた。



「んっ…んんっ…!!!!」



クシナが苦しそうに声を殺す。
宿屋とはいえ、まだここは玄関口だ。
建物の構造上、声をあげれば確実に外に聞こえるだろう。
しかし、我慢しなくては…と思うほど
クシナの感度も上がっている。
事実、自分でもわかるくらい、下着に湿り気が帯びていた。

そんなことを知ってか知らずか
ミナトはクシナを攻め続ける。
シャツをまくり上げ、唇を肌に落とし舌で舐めあげる様子は
まるでマーキングのようだ。
唇が胸元へ移動すると、少し強めに吸い上げ、
俗にいう「キスマーク」をつける。


ミナト…どうしちゃったの…


クシナは快感に溺れながらも、
ミナトの行動に戸惑いを感じずにはいられなかった。



・・・・・・・・・



ミナトが…おかしい…。


いつもなら、こんなことしないのに…。


胸元にキスマークをつけるミナトを見ながら、クシナは思う。
しかし、次々とやってくるミナトの愛撫に対し
そんな思いもすぐどこかへ飛んでしまう。
益々下着は湿り気を帯び、ひやっとした感覚がクシナの羞恥心を更に煽った。


どうしよう…。
こんな状況なのに…。 ミナトに誤解される…。


ミナトの手は、そんなクシナの思いをよそに、下着の中へ侵入する。
茂みへ指を這わせると、予想外の濡れ具合にミナトの指が一瞬止まった。



「あっ…。」



クシナの顔が真っ赤になる。
ミナトがそっとクシナの耳元に唇を寄せ



「凄い濡れてる…。俺にこうされるの、好き?」



ミナトの挑戦的な言葉に、クシナはついに耐え切れなくなった。



「やっ!!!は、恥ずかしいって」



つぷ。



「あっ…!!!!」



クシナの言葉が終わるのを待たずに、
ミナトの指は湧き出る泉の中心部を貫いた。
熱く潤った肉壁を指の腹でこすると、そこから
さらに愛液があふれ出し、ミナトの指を伝う。



「ぁっ…!んんっ…!お、おねがい…ミナ…トっ…!な、中で…!」



クシナは苦しそうに、ミナトに訴えたが、
ミナトは手を緩めることなく、腰回りにまとわりついているスカートを
床に落とす。



「はず…んっ…!かしぃっ…!ミナトぉっ…!こんなの…やぁっ…んっ…!」



クシナの下まぶたには、涙がたまっていた。
快感なのか、恥ずかしさなのか、悲しさからなのかはわからない。
瞳を閉じると、一粒の大きな雫がほろりと床に落ち、ミナトの目に留まった。



「…!!!!」



ミナトはハッとしたように、クシナを見る。
上気した頬。 瞳にたまった涙。



そして…



クシナの辛そうな顔



「…オレ…。」


ぬるり。 ミナトはクシナの泉からそっと指を引き抜いた。



「ごめん…クシナ…。」



ミナトの体が離れ、自力で立っていられないクシナはぺたん と床に尻をつく。



「ミナト…どうしたの…?」



「…ごめん…。」



ミナトはつい感情的になったとはいえ、自分のしたことに
ただただ、後悔するしかなかった。




「…ごめんじゃわかんない。」



「…。」



彼女の強い視線に、思わずミナトは目をそらす。
この気持ちをどのように説明したらいいのか。
クシナは将来火影の妻になることを望んでいる。
そして、里の扱いから見ても、それだけの条件はあるのだろう。
火影志望の自分とは立場が違うのだ。
それどころか、こんな器の小さい自分は 火影になれる資格はないのかもしれない。


ありのままを告げると、失望させてしまうかもしれない。
彼女を失ってしまうかもしれない。



「ミナト…。」



クシナの目線がさらに強くなる

次の言葉を覚悟するように、ミナトは唾を飲み、目を閉じる。



だが



そのミナトを襲ったのは、暖かい体温と柔らかい唇だった。



「…!?!!!!!!」



何が起こったのかわからず、思わず目をあけ、ぱちくりさせる。



「え…?」



目の前には、自分の首に腕を絡め、目を閉じたまま
キスをしている愛しい人の顔。
こちらの様子に気づいたのか、その瞳がこちらを向き
優しく微笑みかける。

クシナはそのまま ミナトの髪、おでこ、瞼、頬、首筋、鎖骨 と
各所にキスの雨を降らせた。



「…ん…。クシナ…どうして…?」



最後に、もう一度唇にキスをすると
クシナはミナトの顔の前でにっこりとほほ笑んだ。



「だって、なんかわかんないけど、ミナトが可愛くみえたってばね!」



「か、可愛くうううう!?」



「ん! だって、いつもミナトってば勉強も、忍術も、運動もできて
更にかっこいいし、女の子からモテまくるし…。
正直、なんで私みたいなのと付き合ってるんだろうって思ってた。」



クシナの思いもよらぬ言葉に、ミナトは驚きを隠せない。
まさかクシナがこんなこと思っていたなんて…。

クシナの気持ちに、一瞬暗い気持ちも吹き飛ぶ。
だが、自分の器の小ささを知ったらどう思うだろう?



「俺、そんな大したモンじゃないよ…。」



自分の起こした行動を思い出し、少しクシナと距離を取ろうと
体を離そうとした。 が、クシナはそんなミナトを見通すかのように、
ぎゅっとミナトの体をきつく抱きしめる。



「クシナ… だから…。」



次の言葉を言いかけようとしたミナトを遮るように、クシナは続けた。



「うん! だからね。今のミナトみて、何故だかよくわかんないけど、
なんか弱弱しくて、やっぱミナトも人間なんだなぁ〜って
言ったら悪いけど、なんていうか…。」



優しい目線がミナトを包む。
ミナトの心臓がどきん と跳ねた。



「とっても愛おしく感じたってばね…。」



ミナトは思わずクシナの体を引き寄せた。
クシナは目を閉じ、愛しい人の胸に頬を擦り付ける。
そんなクシナの頭を撫でながらも、ミナトは自分の気持ちの整理を
つけられずにいた。



「…。…。」



暫く黙ったままクシナの頭を撫でていたミナトが、再び口を開く。



「オレ…。クシナが思うほど、立派な人間じゃないよ…。」



「…まだいうの…?」



さすがのクシナの口調も、少し不機嫌になる。
が、ミナトはそんなクシナを宥めるかのように、背中をポンポンと叩き、
言葉を続けた。



「とりあえず、聞いてほしい。」



ミナトの目は、まっすぐにクシナを捕える。



「オレ…今凄く嫉妬している。」



「…?えっ!?私誰かとそんな仲良くしたっけ…!?」



不機嫌だったクシナの目が思わぬ言葉に丸くなった。

やっぱり。とミナトは思う。
クシナが自分を特別だなんて思ってないってのはわかっていた。
たが、そんなクシナの無頓着さというか、無神経さが
逆にクシナを遠く感じさせるのも事実だった。



「違うよ。 君は…俺とは全然違う立場で…。」



クシナが何かに気づいたように、ハッとし、表情が少し曇る。



「…。」



「俺の手が届かない君がいて…。君の事を守れなくて…。」



「自分が烏滸がましいのもわかってる。 とてもじゃないけど
君を守れる程の能力は、今のオレにはない。」



クシナは特に言葉を発さず、ただ下を向いてミナトの言葉に
耳を傾けていた。



「でも。 君に関するすべてを自分だけのものにしたいって
思っている俺もいる。」



ミナトの背中を抱きしめていたクシナの手がするりと落ち
その手は無意識に腹部にあてられた。
ミナトは、その手の上にそっと、自分の掌を重ねる。



「ごめん。火影になるって啖呵きったのに…こんなんじゃ…駄目だよね…。」



暫く黙りこんでいたクシナの肩がふるふると震え始めた。

怒っているのだろうか… やっぱ、こんな弱い男はダメなのかな…。


ミナトは、この時点である程度の覚悟は決まっていた。
もし、これが原因でクシナに振られることになろうとも
自分は到底クシナをあきらめられそうにない。
ならば、自分を鍛え上げ、再度クシナに交際を申し込もう
何度振られようとも、何度でも挑戦しよう。

そう思っていた時 クシナが顔をあげた。




「ふふふっ……あははははは…くくくくっ…」



ミナトの想いとは裏腹に、クシナは嬉しそうに笑う。
驚かされたのは今日2回目。
…まったく、クシナの行動は読めない。



「何か…おかしいこといったかな…?」



「ごめん… なんか、嬉しいってばね…!」



「…どうして?」



「ミナトがこんなにやきもち妬きなんて、知らなかったもん。
いつも私だけかと思ってた!」



クシナがよくやきもちを妬いているのは、さんざん怒られていたから知っていた。
が、それとこれとは違う。 ミナトはちょっとムッとし、思わず反論した。



「オレとクシナは違うよ…。オレは、他の女の子には全く目がいかないし…
いつもクシナだけだし…。それに、俺の嫉妬と君の嫉妬ではそもそもの意味が…」



「私だって、ミナトだけだってばね。」



クシナの表情は打って変り、口をとがらせ、ミナトをにらむ。
その真剣な瞳に、ミナトは思わず黙り込んだ。



「…。」



「意味なんて関係ない。私の目はミナトしか見てない。
私の中は、ミナトしかいない。ミナトでいっぱいよ。
それから先は、それぞれ理由があるかもしれないけれど
根本的なところは同じでしょう?」



「…うん。」



わけのわからない言い分だけど、妙に納得してしまうのはなぜか。
理論で物を考える自分とは、まったく違うものを彼女はもっている。
彼女の発言に、いつもミナトは驚かされるのだった。


やっぱりクシナは…すごいや…。
先ほどまで心の中で疼いていた黒くモヤモヤしたものが
次第に薄くなっていくのをミナトは感じていた。
明確な解決には至らないが、クシナの強い気持ちが
自分の中のモヤモヤしたものを拭い去ってくれるているのかもしれない。




だが、そんなミナトとは裏腹に、クシナの顔が少し曇る。



「ミナト、私が重くない?」



「何故?」



ミナトは思いもよらぬ質問に、返答よりも先に疑問を口にする。



「…だって、一応、なんとなくとはいえ私の立場わかってるでしょ…。」



ミナトの言動に、少し不安を持ったのか、クシナの目線はミナトから
部屋の隅に移され、ほんの少し俯いた。



「うん…。」



「ミナトにとって、それは重くないのかなぁって…。」



「…。」



「とても不安になる…。」



自分はばかだ。 ミナトは思う。
彼女の立場で苦しんでいるのは、自分だけではないのだ。
その様子を前に見て、知っていたはずなのに。
ほんの少しの状況の違いで、何故それが見えなくなってしまったのか。



「でも、私はミナトしかいなくて…。」



「ミナトがいなくなると、私は私でなくなってしまう。」



「って、言うとさらに重くなっちゃうわね。ごめんね。」




彼女がすまなそうに微笑むと同時に、
ミナトの心臓がキュッと痛む。




「クシナ…。」




ミナトは無意識に、クシナを自分の腕の中に納めていた。
愛しい髪に、顔をうずめ、何度も擦り付ける。



「ずっと…いるから。 ずっとそばにいるから…。」



「うん…。」



「君の全てを受け止めるよ。」



クシナの顔が、ミナトの目に映る。
ほんのり赤みがさした頬に映る涙の痕。 
その痕に唇を落とし、真っ赤に熟れた唇を親指で愛撫する。



「愛してるよ。」



ミナトは大切なものを扱うように、彼女の唇をそっと口に含んだ。



「ん…。」




ベッドの軋む音と共に、ふたつの影が重なる。



エピローグ



「ミナト、喉が渇いた。」


事が終わった後のピロートーク。
いつもの調子で、クシナが飲み物を求めた。
ついさっきまで、あんなにしおらしかったのに…。
と、思いつつも、そんなクシナにミナトは安堵する。
勿論、少し残念な気持ちもあったが…。



「飲み物とってくるから。ちょっとまってて。」



横になっていた体を起こし、クシナに背を向けた瞬間、



こつん。



ミナトの背中に、温もりが伝わる。
それがクシナの額だとわかったのは、クシナがミナトの体に腕を
回してからだった。



「…クシナ…?」



「ミナト…ごめんね。」



少し照れのまじった声で、クシナが小さく呟く。



「ん…?どうして?」



「私、ミナトがそんな思いしているなんて気が付かなかった。」



最初は何のことかわからなかったミナトだが、嫉妬の事だと
気づくまでにそう時間はかからなかった。
でも、もう今は先ほどのような心境ではない。
気にしなくてもいいのに…と思いつつも、正直嬉しさは隠せなかった。



「そうかな。 言っとくけど、オレ結構嫉妬深いよ。」



冗談まじりでミナトがいうと、クシナもそれにつられて笑顔になる。
しかし、それもつかの間、クシナはすぐに改まった表情になった。



「でね…。」



「うん?」



ミナトの体に回された腕にほんの少し力が入る。



「ミナトが火影になれるように、私もサポートする!」



クシナの突然の申し入れに、ミナトの嬉しさはさらに増したが
今までだって、何もしていない訳ではない。
クシナが側にいることが、ミナトにとってなによりのサポートだった。



「今でも十分してくれているよ。」



クシナが愛しくてたまらず、思わず指で頬をくすぐる。
が、クシナは至って真剣な表情でミナトに詰め寄った。



「違うの! 私だって、全部ミナトにしてほしい。 何かあったとき、
助けてくれるのは ミナトがいい。」



クシナはこの時、崖から落ちた瞬間の事を思い出した。
落ちてゆく体、 瞼に浮かぶ愛しい人の笑顔。



「だから…」



言葉を紡ごうとする唇は、ミナトの唇によって、動きを止められた。
最初は抵抗しようとしたクシナだったが、すぐにそれを受け入れる。
今は言葉など、必要ないようだ。



「お手柔らかに、よろしくね。」



惜しむように唇を離したミナトが、耳元でそっと囁く。



「…うん。」



お互いの視線が交差し、クシナが体をミナトに預ける。
衣擦れの音と共に、二つの影が再度重なった。