Le Roi Soleil


reincarnation

それはまさに、なんの変哲もない。
いつも通りの自分の部屋で突然彼女が口にした言葉。


「ミナト、私が死んだらどうする?」


悪い冗談だな。 と思った。
こういう時、どういう反応で返せばいいのか、正直困る。
もし、二人が無事老後を迎えられるとして
どちらが先に死ぬかなんていうのはわかったもんじゃない。
ただ、クシナはうずまき家の血が流れている分、恐らく自分よりは長生きするだろう。
でも、こういった応えを彼女が望んでいるわけではないのは100も承知だ。

この戦乱の世の中、生きていることが奇跡に近いのは彼女も理解している。
それでも尚、こういう質問をしてくるということは
彼女なりの甘えなんだろうと思う。
普段、戦場や弟子の修行に駆られ、以前から比べると、会える時間は格段と減った。
せっかく結んだ約束を、破ることもしばしばだった。
その度彼女はむくれ、甘味を強請ってくる。
そして、そんな自分を責め、約束を破ったのは俺なのに、彼女の方が謝るのだ。
自分ではなく、もっと俺を責めればいいのに。
彼女は 謝る必要などないのに。
正直、会うたびに次はフられてしまうのではないかと、胃が痛くなることもあった。


「気が狂うよ。」


この言葉を用意していたといえば、していた。
ただ、これは彼女の思惑に沿うように用意したのではなく、本当の気持ちだった。
立場柄、今までいろいろな夫婦・恋人の死に別れを見てきたけれど、
大体その後、人生を狂わせるのは総じて男性の方が多い気がする。
それだけ、妻・彼女に依存してきたということだろう。
勿論、自分も例外ではない。
彼女が自分の傍から消えたらどうなる
幼い頃から漠然と目指してきた火影だが
彼女の存在で確実なものにしていった。
そんな彼女が消えてしまったら…


二人の夢は?

自分はこれからどこへ向かえばいい?


その時、ミナト? とすぐ傍で声がし、俺は我に返った。


「すごく怖い顔してたよ。」


「…ごめん。」


「ううん。私の方こそ、変な質問をしちゃったわね。ごめんね。」


「いや…。」


「ねぇ。ミナト。」


「ん?」


「もし、私が死んだら、ちゃんと他に彼女や奥さん、探すのよ。」


その時、どう答えたかは、自分でも覚えていない。
気が付けば、彼女は自分の腕の中にいて、彼女の息が上がるほど、力いっぱい抱きしめていた。
くるしいってばね―という彼女の頬には一筋の涙。 その涙には、彼女の思いが詰まっているような気がした。


クシナは自分より、死を間近に感じているのではないかと、時々思う事がある。
ふと見せる表情、たまに口にする言葉。
長寿のうずまき家の血筋にあたるはずなのに、何故、死を間近に感じさせるのか。

その理由はを知るのは、もう少し後になってからになる。


「少し…でかけよう。」


こんな会話をしたまま、この家にいるのは非常に気まずく、なんとかして空気を換えたかった。
外の空気に触れれば、きっと彼女もいつもの元気な姿に戻るだろうと。
飛雷神の術を使ってきたのは、カカシ達との修行中に見つけた花畑だ。
いつか、彼女を連れてこられたらいいなと思い、マーキングしておいた場所だ。
季節柄、色とりどりの花たちが、あたり一面を埋め尽くしている。


「わぁ…綺麗!!!」


花を踏みつぶさないようにと、そっと分けて歩むクシナ。
ふと、強く甘い香りが漂ったのであたりをみてみると、見事なクチナシの花が咲いていた。
一輪を摘み取り、彼女の髪に飾ると「もう。花が可哀想。」といいつつも、ほんのり頬を染め
口角は少しあがっている。
普段、彼女の印象は気が強く、元気のよいイメージだけれど
こういった、優しい一面を持っているのを俺は知っている。
このほかにも、実は苦いものが駄目だったり、逆に甘いものはいくらでも大丈夫だったり
朝が苦手だったり、でも、朝食を作るために一生懸命早起きしてくれたり…。
勉強が苦手な彼女だけれど、たまにこちらが驚くほどの能力を身に着けたり
過去を思い出せば、自分しか知らない彼女は山ほどいて、
今も新たに彼女の特徴が自分の脳に焼き付けられていく。


彼女が死んだら


俺はこの思い出を糧に生きていくのだろうか。


目の前にいるはずの彼女がだんだん遠くなる気がして
俺はあわてて彼女の手を手繰り寄せた。


「どうしたの?」


「…せない。」


「え?」


「君を、死なせはしない。」


「…。」


「俺が、全力で守る。君を独りには絶対しない。」


「…うん。信じてる。」


生きてる彼女を確かめるように、華奢な体を力強く抱きしめると
先ほど髪に飾ったクチナシの甘い香りが、鼻腔を蕩かした。






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体温が大分下がってきた。
死鬼封尽を使い、死の間際に立たされていた俺の体には、九尾の爪が突き刺さり
体中の血液が抜けきっているのではないかというくらい
地面には大量の血だまりができている。
意識はとうに朦朧とし、自分が今生きているのかどうかもわからない。
死の間際は走馬灯のように過去の思い出が蘇るというが
このやりとりを思い出したということは、本当らしい。


結局、クシナの事は守りきれなかった。
自分の命に代えてでも守れるものは、里と息子だけで精一杯だった。
今、彼女が生きているかどうかもわからない。
謝るにも、どうやらもう自分の体を支配するだけの力もないようだ。



本当にすまない。
君を守ってあげられなくて。


真っ白にかすんでいく靄の中で、再び彼女とのやりとりを思い出す。




「もし、もしね。」


「ん?」


「生まれ変わりとか、そういうのがあるのなら。」


「ん。」


「今度もまた、ミナトと一緒がいいなぁ。」


「勿論。 たとえ俺が犬に生まれ変わっても、必死で君を探すよ。」


「!!!!うわー。ロマンがないなぁ。 そういう時は、一応人間として想像するのがフツーじゃないのォ?」


「アハハハ。そうかな。」


「もう…。」


「でもさ、生まれ変わっても、何の手がかりもなきゃ君を見つけた時には既におじいさんとおばあさんになっているかもしれないよ。」


「そっか…。 じゃあ…。 火影岩の見える、桜並木で待ち合わせなんてどう?」


「ん。いいね。 じゃあそうしよう。」


「決定〜! ふふっ。 本当に生まれ変わりなんてあるのかしらね〜。」


走馬灯の最後に見たものは、嬉しそうな彼女の横顔だった。





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どれだけ長い夢を見ていたのだろう。
現実のようといえば現実のようで。
ただの夢といえばただの夢のようで。


「生まれ…変わったら。か。」


もし、夢の出来事が前世での出来事なのであれば
まさに今、自分が生まれ変わった「ミナト」になるのだろう。


「…クシナ…。」


絵具をそのまま散らしたような真っ赤な髪だった。
夢の出来事のはずなのに、まるでついさっきまでそばに居たような感覚が
頭から離れない。


さっきまで見ていた夢を思い出せば思い出すほど、心臓は高鳴り
脈動はどんどん早くなっていく。


「火影岩の見える桜並木…。」


気が付けば家を飛び出していた。
幸い、自分は又木の葉の里生まれで、
道の舗装はされているものの、桜並木もあのままずっと残されている。


ただの夢かもしれない。
彼女がこのことを思い出しているかどうかもわからない。


それでも、俺の体のどこかで「行け」という声が
聞こえるような気がした。


桜の季節 というにはとうに過ぎている。
日差しは強く、桜並木は生命の最後をかけて鳴くセミの声が響き渡っていた。
こんな暑い日に外出する者は誰もいないのか
人の気配は不思議となかった。


どこかに彼女はいないかと、注意を払いながらゆっくりと歩みだす。
その時ふと、どこかで嗅いだ匂いが鼻腔をくすぐった。


クチナシの香り


ゆっくりと振り返る。
その瞬間再び、「クシナ」とのやりとりが頭に蘇った。



【匂いは記憶が鮮明に蘇るっていうから…。】

【来世で会うときは、ミナトからもらったクチナシの花をつけていくね。】


「待たせてごめん。」


俺の言葉に、香りの主はそっと微笑み返した。




Fin